スノボーボボ
人は何の為に生まれ死ぬのか。そういった事は誰もが考えた事一度はある筈。
私は思う。スノーボードをする為だと。
その前は釣りをする為だと思っていた。
サッカーやバイクの為だと思っていた時期もある。
こうなった経緯を記したい。
(漫画:ボボボーボ・ボーボボより)
あれは、数週間前。数少ない大学の友人に「スノボー行こうぜ」と誘われた。その時は潔く了承した。中高生の時は年に1回くらい日帰りで行っていたが高2辺りから足が遠のいていた。故に久々で普通にやりたくなった。とはいえ、野郎だけか…と思ったのもまた事実なのだが。
んで、行った。
最初に滑った瞬間、シナプスが弾ける音がした気がする。いや、ニューロンがはぜる音だったのか今となってはどうでもいいが何かがどうにかなっていた。
帰りには、次いつ行くか考えている自分がいた。そしてそれと同時に、友達が滑っている時に言っていた言葉を思い出した。「一人で滑るのも良いけどやっぱ誰かと滑った方がいいな」
詳しくは覚えてないがこんな感じの意の事を言っていた。
実にそうであろう
この言葉は皆んなでワイワイ楽しいねって意味であるが、この時私は真逆の発想に至った。
「スノボーって一人でいっても良いんだ!」と。今までウィンタースポーツ全般に複数でやる物だという固定観念があった。でも良く考えてみればモーグルにしろハーフパイプにしても個人競技ではないかと。糞しょうもない思い付きだと今、冷静になってみれば思うのだが、その時は今までの固定観念をひっくり返されたような衝撃であった。
そう、この衝撃は給食の時間、真ん中で分けるように切ったバナナの皮を剥かずに中身だけを食べる方法を教わった小学二年生の時以来だった。
(https://www.dole.co.jp/5aday/fruit_lesson/007/index.htmlより)
となれば行くしかない。気が付けばウェアを上下買っていた。あっさり買っていた。そうめんよりあっさりしてたかもしれない。
気付いたら、あっさり交通ルート調べていた。
凄く良かった。何が良いって、自分のペースでガンガン滑れる。更に私は普通に下手くそだから練習するのに最適過ぎた。周りにも転んでる人が結構いるものだから孤独感もないし、兎に角たくさん練習が出来た。
あっさり行った癖に、濃密なコッテリした時間を過ごした。二郎ラーメンにも引けを取らないぐらいにだ、
次の日の筋肉痛と引き換えに。
何事も等価交換のようだ。
ただ、楽しさと交換し過ぎてなのか上達したのかが疑問だ。何より一番の問題は一人だとその滑りが正しいのか間違いなのか、華麗なのか醜いのか、全く分からない。
これが問題だ。
それだけではない、お金の問題もある。ボードとブーツを借りると4000円は持ってかれる。これに、リフト代、交通費と持ってかれるものだからキツイ。
一週間後、気づいたらリフトに揺られていた。土もちらほら見え始めていた、春も近いらしい。この日は全然ガスって無くて景色がめちゃくちゃ綺麗だった。
だいぶ、アイスバーン気味でカービングターンをしているとエッジが抜けて何度もケツをすり減らしたがこれも上手くなる為の等価交換なんだと思う笑
兎に角、スキー場に来るたび思うのはちびっ子達が鬼ほど上手いという事だ。まだ小学生二年生程のちびっ子が(※1)キッカーで(※2)B1や(※3)B3やってるのを見ると雪に突っ込みたくなるし、ちびっ子を(※4)エッジで一刀両断したくなる程羨望した。
私が小二の頃はバナナを剥かずに中だけ食べたり、銀のアルミザラをピンピンに平らにして喜んでたというのにだ。
【(※)が何って人へ糞適当に解説】
(※1)雪で出来たジャンプ台をピョーンて飛ぶ事
(※2)ピョーンした後に180°回る
(※3)ピョーンした後に360°回る
(※4)ボードの淵で通常ブレーキ等に使用する金属部で刀みたいな場所。断じて人を両断してはならない。
次の日…
連日はほんとに逝く、ケツがケツとして機能しなくなっていた。
普段、全く運動しない過去の私を大いに呪った。
雪は溶け始めてウェットになっていて前日よりは転んでも痛くは無かったけど…
帰って財布の残金みたら183円しか無かった。帰省まであと十日近く…どうやって生きればいいんだ…
嗚呼、ロジックの組み立て方が小学二年生から進歩してない気がする。
確かあの頃は、月500円の小遣いで「ケロロ軍曹」の漫画を買って残り50円で生活していた。駄菓子屋のパチンコで勝負師になって稼いだり、自販機の下をドラクエの宝箱のように探し回ったものだ。ゲームのドラクエはした事ないけど笑
ボーボボのアニメやってたのもその頃だった気がする。
今はあの時に比べたら三倍は持っている!
贅沢は敵だ!
今ある飯で戦い抜くのだ!
そして帰省したら親に乞食しよう。そうしよう!
あ、空港までの交通費余裕で足りてない…